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東京地方裁判所 昭和58年(行ウ)35号 判決 1990年6月15日

原告

三木庸子

被告

地方公務員災害補償基金東京都支部長鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士

大山英雄

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和五四年五月一七日付けでした地方公務員災害補償法による災害補償である療養費不支給処分のうち宿泊費を支給しない旨の処分を取り消す。

2  被告が原告に対し同年一一月三〇日付けでした公務外災害認定処分を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二事案の概要

一  原告は、看護婦として東京都養育院付属病院(以下「付属病院」という。)に勤務し、同病院八階東病棟(以下「八階東病棟」という。)において、日勤、準夜勤、深夜勤の三交替制勤務による看護業務に従事していた(右事実は、当事者間に争いがない。)。

二  昭和五四年五月一七日付け処分について

1  原告は、昭和五一年一一月一八日、付属病院で入浴介助業務に従事中腰痛を発症し、同月二二日同病院で腰痛症と診断された。被告は、原告に対し、昭和五三年七月一四日付けで、補償期間を同年一月二八日から同年四月三〇日の九三日間及び同年五月一日から同月三一日までの三一日間とする腰痛症災害補償の決定通知をした。(以上の事実は、当事者間に争いがない。)

2  そこで、原告は、被告に対し、昭和五四年三月六日付けで、療養補償として移送費及び宿泊費二万八九五〇円の支払を請求したところ、被告は、同年五月一七日付けで右療養補償費を支給しない旨の処分をした(以下「本件不支給処分」という。右事実は、当事者間に争いがない。)なお、地方公務員災害補償基金東京都支部審査会は、原告の審査請求を受けて、昭和五六年九月三〇日付けで、「本件審査請求のうち、審査請求人が昭和五四年三月六日付けで処分庁に対して請求した療養補償たる移送費のうち、昭和五三年一月二八日あさひや旅館から国立東静病院整形外科に通院のため要したタクシー料金、同月三〇日同整形外科に通院及び入院のため要したタクシー料金、同年四月二八日同整形外科退院のために要したタクシー料金(国立東静病院から天野館までに係るもの)並びに同年五月二日鈴木整形外科医院に入院のため要したタクシー料金に係る移送費の不支給処分は、これを取消す。その余の処分に係る審査請求についてはこれを棄却する。」との裁決をした(裁決主文の内容は、弁論の全趣旨により認められ、その他の事実は、当事者間に争いがない。)。

3  右宿泊費が、被告が公務上の災害と認定した腰痛症の療養補償に含まれるか否かが争点である。

三  昭和五四年一一月三〇日付け処分について

1  原告は、昭和五一年一二月一七日上腹部に痛みを感じ、同月二二日付属病院内科で胃潰瘍と診断され、昭和五二年二月九日東京慈恵会医科大学付属病院内科で胃潰瘍と診断され、同年三月二日十二指腸潰瘍と診断された。その後、同月九日たくみ外科胃腸科医院に入院し、胃・十二指腸潰瘍と診断され、治療を受けたが、同年一一月六日同医院を退院し、翌七日から昭和五三年一月二六日まで国立東静病院に入院して治療を受けた(当事者間に争いがない事実及び弁論の全趣旨)。

2  原告は、被告に対し、昭和五二年六月二〇日付けで、胃・十二指腸潰瘍について公務災害認定請求をしたところ、被告は、原告に対し、昭和五四年一一月三〇日付けで、公務外災害と認定する処分をした(以下「本件公務外認定処分」という。右事実は、当事者間に争いがない。)。

3  原告が胃・十二指腸潰瘍を公務上災害とする根拠

原告には胃・十二指腸潰瘍の既往症はなく、また、次のような発症直前の原告の仕事の状況及び発症の時期に照らすと、原告の右胃・十二指腸潰瘍は公務上の災害によるものである。

(一) 昭和五一年五月一一日、地方公務員法(以下「地公法」という。)三九条に規定された任命権者の実施する研修として行われる看護研究として、八階東病棟の看護婦全員が「八階東病棟における夜勤の実態についての調査研究」をすることとなった。

原告は、右研究の研究員三名のうちの一名に決まった。

(二) 原告は、その後同年六月三日までの間、研究方針の話し合い、決定、チェックリストの検討、再検討、チェックリストの配布、実態調査の概略説明、調査事項を記載した書面の配布、チェックリストの作成及び実測のためのテスト等を通常勤務時間外に行った。

また、原告は、同月七日から同月二九日までの間実態調査を行い、その直後、原告を含む三名の研究員が集計、調査のまとめ、学問的裏付けを行うこととなり、同年七月には客体調査と今後の準備を行い、同年八月一九日から文献の収集、調査、討論を行った。

(三) このような状況のなかで、原告は、前記のとおり腰痛症となったが、そのまま研究に従事した。

(四) 右研究の結果を報告することとなっていたが、原告は、上司の指示等で報告書の書き直しをせざるをえなかった。同年一二月一二日、他の研究員から異議が出て、再検討を重ね、文案がまとまった。その後、原告は、看護科長の意向として結論の変更を告げられたが、これに応じなかった。報告書を清書中、職場会議に呼び出され、翌日、他の研究員が作成した報告書が提出されたが、その内容が以前のものより悪くなっていたため、原告がこれを修正し、そのため徹夜での作業が続き、同月一四日ころから胃重も悪化し、同月一七日には、上腹部痛を自覚した。同月一八日、研究発表が行われ、原告は、補足説明を行った。その後、原告は、痛みとともに吐血し、同月二二日、胃潰瘍と診断された。

4  被告が、原告の胃・十二指腸潰瘍は公務起因性がなく、公務上災害ではないとする根拠は、次のとおりである。

(一) 胃・十二指腸潰瘍は、「職業病」ではないから、原告の疾病が公務上災害となるためには、原告の公務と相当因果関係をもって発生したことが明らかな疾病でなければならない。すなわち、原告の右疾病が、時間的、場所的に明確にできる公務に関した出来事が原因となって発症したことが明らかである場合でなければならない。

(二) しかしながら、原告の看護業務、看護研究が原告に特別に精神的、肉体的に負担となったとは認められない。

(1) 原告の昭和五一年六月一日から同年一二月三一日までの勤務状況は、他の看護婦と大差なく、原告にとって特別の負担になったということはない。

看護研究は、調査が同年六月七日から同月二九日までの間に行われ、その後、同年一二月一八日の発表まではデータの分析、検討が行われた。原告らの看護研究業務は、右勤務時間の中で行うことが認められ、日常の勤務を通じて行われたものである。上司、所属長や任命権者が研究業務を勤務時間外に行うことを求めたり、休日を返上することを求めたことがないのはもちろんのこと、成果発表についても期限を指定していない。研究は関係者の自主性に任されていた。したがって、研究業務が原告の疾病の発症をきたすほど肉体的、精神的に過重なものであったとはいえない。

(2) 特に、原告は、同年一一月二六日から発症まで、同年一二月一五日及び同月二〇日に平常勤務についているほか、公傷(腰痛症)、生理休暇等により職務を離れており、右疾病の発症をきたすような過重性は認められない。

(3) 原告は、右疾病の発症後、現在に至まで職務を離れているが、昭和五二年一月二六日には、内視鏡的にも自覚的にも治癒していたにもかかわらず、その後、発症したことは、原告の右疾病が原告の職務と関係のないことを示している。

(4) 付属病院の医師稲松孝思は、原告の右疾病について、昭和五一年一二月二五日胃透視検査、昭和五二年一月一〇日胃内視鏡検査を行った結果、心因性の要因の強い急性ストレス潰瘍と診断し、原告の性格要因、環境要因を基盤として職場の些細なトラブルを契機に発症したと考えられる、職場の出来事が発症の契機となっているが、みむ(ママ)しろその出来事をどう受け取り、どのようにその内面で処理するかの点で原告自身の性格の偏りや人格の成熟度などが問題にされるべきであるとの意見を述べている。

第三争点に対する判断

一  本件不支給処分について

1  地方公務員災害補償法(以下「法」という。)は、公務上災害に基づく疾病について、療養補償として、「必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を支給する」と定めている(法二六条)。そして、療養の範囲を限定的に列挙し、かつ療養上相当なものでなければならないと定め、その一つとして移送を挙げている(法二七条)。

法により補償される損害の範囲は、公務上の災害に起因して生じた疾病による損害でなければならないが、右損害のすべてが補償されるわけではなく、法二七条の定める療養の範囲に該当し、かつ療養上相当なものでなければならない。ある疾病について、社会通念上必要と認められる費用とか、医師が必要であると認め、かつ相当性のあるものなどがこれにあたることとなる。

2  療養の範囲に属する宿泊費は、たとえば遠隔の他の病院へ転送を必要とする場合の宿泊料が該当することは明らかである。

3  これを本件についてみるに、原告が請求した宿泊費は、同年一月二六日から同月二九日までのあさひや旅館(静岡県三島市泉町九番四六号)及び同年四月二八日から同年五月一日までの天野館(同市栄町二番三二号)の各宿泊費であり、原告が公務上災害である腰痛症の治療のため支出した費用であると認められる。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、原告は、当時東京都板橋区に居住していたこと及び原告が右各旅館から通院ないし入院したとされる国立東静病院が同県駿東郡清水町に、また、鈴木整形外科医院が同県三島市泉町にそれぞれ所在していることが認められるところ、原告が右居住していた東京都板橋区から遠隔地である国立東静病院及び鈴木整形外科医院において治療を受けなければならない合理的な理由は認められない。

したがって、右各宿泊費が、原告の公務上災害である腰痛症の治療のため必要であり、かつ、相当であるものと認めることはできない。

4  よって、本件不支給処分(前記裁決により一部取り消された後のもの)は、適法である。

二  本件公務外認定処分について

1  法は、公務員が「公務上の災害」によって被害を受けたときに、その補償を行うと定めているが、「公務上の災害」にあたるには、公務起因性すなわち公務と災害との間に相当因果関係が存することが必要であると解するのが相当である。

2  (証拠略)によれば、以下の事実が認めらる。

(一) 付属病院では、看護業務の調査研究がなされていたが、これは、地公法三九条に定める任命権者の実施する研修ではなく、自主的なものである。

八階東病棟では、昭和五一年の看護研究として、原告ら三名が委員となり、「八階東病棟における夜勤の実態についての調査研究」をテーマとして、研究が行われた。原告らは、同年五月ころから研究方針の検討などを始め、同年六月七日から同月二九日までの間調査を行い、その後データの分析、検討などを行った。原告は、主導的に調査にあたり、また、図書館へ行ったり、自費で図書を購入したりして、文献による研究等を行ったが、右研究は勤務時間に行うことが認められ、また、その期限の指定もなく、現に原告も勤務時間中にも研究を行っていた。

右研究の発表が昭和五一年一二月一八日に行われたが、原告は、その報告資料を作成したものの、他の者から反対を受け、原告の意に添うものでなくなった。そのため、原告は、発表会において、補足説明をした。

しかし、原告の右調査研究が、原告の胃・十二指腸潰瘍の発症をきたすほど過重なものであったということはできない。

(二) 原告は三交替勤務に従事していたが、その職務が特に過重であったということはできない。原告の症状が出た昭和五一年一二月当時は、前記の公務災害である腰痛症による休暇等があり、平常勤務した日数は特に少なく、原告の右発症の直前の看護業務は、過重ではなかった。

(三) 原告は、昭和五二年一月一〇日胃内視鏡検査を受けたが、異常が発見されず、著変はなく、胃体小弯下部にすでに瘢痕化した胃潰瘍の跡が認められた。また、原告は、昭和五一年一二月二二日以降職務を離れている。しかるに、前記のとおり、原告は、その後胃潰瘍、十二指腸潰瘍と診断されているのであり、このことは、原告の右疾病が、原告の職務と関係のないことを示している。

(四) 原告の前記研究、勤務、職場環境等がストレスとして原告に働いたことも認められるが、原告の人格的、性格的要因が強く働いて、胃潰瘍等になったものと認められ、原告を診察した付属病院の医師稲松孝思は、心因性の要因の強い急性ストレス潰瘍であると診断している。

3  以上認定の原告の業務の内容及び程度、看護研究の性格及び原告が行った研究業務の程度、発症の時期及びその後の経過等、原告の業務が他の看護婦に比べ特に負担となったものと認めることはできないこと等を総合すると、原告の看護業務及び看護研究委員としての仕事が、原告に胃・十二指腸潰瘍を発症させるほど、肉体的、精神的に過重なものであったということはできず、原告の胃・十二指腸潰瘍が、原告の業務と相当因果関係があるものと認めることはできない。

4  したがって、原告の胃潰瘍・十二指腸潰瘍が公務に起因したものと認めることはできないから、これを公務上災害と認定しなかった本件公務外認定処分は、適法である。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 竹内民生)

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